近年、生成AIが企業の定常業務に活用される機会が増加している一方で、その効果を全社的に最適化できていないケースが少なくありません。こうしたなかで、企業システムにAIを組み込み、業務効率化と経営判断の高度化を同時に実現する手法として、SAP JouleとMicrosoft 365 Copilotの双方向統合が注目を集めています。本記事では、まずSAP JouleとMicrosoft 365 Copilotそれぞれの主要なコンセプトと中核機能を整理したうえで、両者の連携によって実現するERP×AIの新たな経営価値を、CIOの視点から解説します。*ERPの具体的な製品について知りたい方はこちら➤ ERPパッケージとは?業務改革と効率化を実現するERP3大製品を徹底解説!👉 ERP、どれを選べばいい? 主要ERP製品の徹底比較資料を無料配布中!ERPの導入を検討中の方向けに、SAP・Oracleをはじめとする主要製品の機能・特徴・違いを現役コンサルの視点からまとめた資料をご用意しました!クラウド化やグローバル対応など、最新トレンドを踏まえた比較ポイントをカバーしています。情報収集・社内検討にぜひご活用ください!■ 株式会社 Anfiniって?ベストベンチャー100に創業3期目で選出!データドリブン経営戦略の策定からERP導入まで一貫してサポート👉 Anfiniのコンサルティングサービスの詳細はこちら1. ERP活用に迫るAIの波 生成AIは実験段階を越え、日常業務に組み込まれるフェーズへ移行しました。2024年時点では、企業の65%が生成AIを定常的に活用しているというデータは、その潮流を端的に示します。一方で、スケールに必要な実践を十分に満たす企業は3割未満という現実も併存しており、「使い始めたが、成果を全社最適で引き出せていない」というギャップが浮き彫りになっています。 参照:The state of AI in early 2024: Gen AI adoption spikes and starts to generate value 大企業のERP活用が停滞しがちな背景には、プロセスとデータが部門横断で分断されやすい構造、運用負荷の高さ、そして意思決定までの“最後の一歩”が属人的になりがちという課題があります。 ここで、SAPのJouleとMicrosoft 365 Copilotの双方向統合が注目されています。これは「汎用チャットで答えを探す」段階から、“業務アプリ側にAIを埋め込む”段階へと重心を移す動きです。SAP側の業務データ(S/4HANA、SuccessFactors、Concur等)と、Microsoft 365側のコラボレーション文脈(Teams、Outlook、Word等)が仕事の流れの中で連結されれば、意思決定のスピードと質は段違いに高まります。たとえば、出張申請でConcurを操作した瞬間にOutlookの予定が確定し、Teamsでの合意形成やレポートの下書きまで連鎖して進む——これが「ERP活用の壁」を“体験の統一”で越えるアプローチです。 CIOにとっての示唆は明確です。AIの価値はどのAIを使うかより“どこに埋め込むか、どう連携させるか”で決まるということです。Joule×Copilotの方向性は、まさに“ERPの文脈×日常業務の文脈”の橋渡しであり、データ価値を全社で引き出す前提条件を整えます。本記事では、JouleとCopilotそれぞれの特長、そして連携によるユースケースを提示します。 *ERPとAIの連携について詳しく知りたい方はこちら!➤ ERP×AIの組み合わせが企業にもたらすメリットや課題とは? 2. SAP Jouleの特長 ― ERPに埋め込まれた生成AI Jouleは、SAPの業務アプリケーションに埋め込まれた生成AIコパイロットです。ユーザーがS/4HANAやSuccessFactors、Concurなどで日常業務を進める“仕事の流れの中で”自然言語で問いかけ、業務データに根差した回答や次のアクションを提示します。 主要コンセプト 業務文脈に最適化されたAI SAPの業務データとプロセスに直結し、一般的な生成AIでは捉えにくい企業内の取引・マスタ・プロセスの文脈を踏まえて支援します。SAPはこれをビジネスAIとして位置づけ、関連性・信頼性・責任あるAIを設計原理としています。 関連性 業務コンテキスト(会社コード、組織、取引先、品目、期間、ユーザーロール)を自動反映し、SAPの正本データを根拠に回答します。業務に不要な一般知識や推測は抑制し、今その場で意思決定に使える情報に限定します。 信頼性 回答の出典と算出根拠を提示でき、同条件なら再現可能です。プロンプト/応答/実行は監査ログで追跡でき、事後の説明責任に対応します。 責任 権限ベースのアクセス制御と機密ラベル/DLPでデータ境界を厳守します。人による最終判断を原則とし、高リスク領域(財務開示、人事、契約等)は二重承認を必須とします。 “In the flow of work”の体験 画面遷移やアプリ切替を最小化し、業務アプリ内でそのまま意思決定・実行までを補助します。 機能の中核 自然言語QAと洞察提示 SAPデータを横断して要点を抽出・文脈化し、可読性の高い要約や次の打ち手を提示します。 例:売掛金の回収リスク要因の抽出 売掛金滞留期間・与信枠使用率・督促ステータス・入金消込差異・支払条件・回収履歴などの変数を基に、分割入金・支払条件の再設定・与信枠見直し稟議・督促エスカレーション・照合作業の担当割当といった次アクションを提案します。 行動するAIへの進化 Jouleはエージェントとしてツール選択・実行・振り返りまで行い、決裁や起票など非決定的な業務フローの自動化を志向します。SAP Knowledge GraphやBusiness Data Cloudを基盤に、業務アプリ内で信頼して動かせることを目標に設計されています。 クロスアプリ展開 SuccessFactorsでの先行提供に続き、S/4HANA CloudやSAP Build、Integration SuiteなどSAP各プロダクトへ順次組み込みを発表(2024年6月)。さらにAriba、Analytics Cloudへの拡張計画も示されました。 3. Microsoft Copilotの強み ― 日常業務を支える汎用AI Copilot for Microsoft 365は、Word・Excel・PowerPoint・Outlook・Teamsに横断的に組み込まれ、Microsoft Graph上の組織データとアプリの操作文脈を踏まえて応答する日常業務のパートナーです。ユーザーはアプリを切り替えずに要約・起案・議事録化・次アクション提示までを一気通貫で実行できます。 主要コンセプト 組織データ×アプリ横断 メール・チャット・ドキュメント等の権限内データ(導入組織テナント内で、利用者に付与済みの閲覧権限の範囲)を Microsoft Graph で統合し、M365 各アプリから業務文脈に沿った応答を提供します。 “In the flow of work”の体験 いま開いているアプリ上で生成→要約→編集→共有まで完結し、アプリ間の往復作業(検索・コピペ・添付・再共有の繰り返し)を削減します。 エンタープライズ・ガバナンス プロンプト/応答や Graph 経由の参照は既存のアクセス制御・監査・保持ポリシー内で処理し、権限の昇格は行いません。さらに企業データは基盤モデルの学習に利用しないため、機密情報の外部流出リスクを抑え、保持・削除ルールに沿ったコンプライアンスとデータ主権を維持しつつ、学習起因の予期せぬモデル挙動も回避できます。 機能の中核 業務コンテンツとコミュニケーションの一気通貫自動化(作成→要約→記録→配布→洞察) 作成・編集・分析タスクをアプリ横断で高速化 横断検索とナレッジ活用 GraphとCopilotコネクタで社内外の業務データを取り込み、検索性と回答品質を強化 拡張性(Copilot Studio) 自社要件に合わせてエージェントやアクションを設計し、リアルタイム知識コネクタ等で業務データを連携 4. Joule×Copilotの連携がもたらす変革 SAP と Microsoft は 2024 年 6 月、Joule と Copilot for Microsoft 365 の「双方向のネイティブ統合」を発表しました。目的は、SAP に蓄積された業務データと Microsoft 365 側のコンテキストを結び、アプリ切替なしに“仕事の流れの中で”洞察取得と実行を一体化することです。 その後、Ignite 2024 で初期フェーズのデモ/限定プレビューが案内され、どちらのコパイロットからでも両システムのタスクやインサイトに到達できる統一体験が示されました。2025 年には「後半統合(Copilot 機能を Joule 側に取り込む段)」の計画も公式に示されています。 主要コンセプト 双方向×統一体験 Microsoft 365 側(Teams/Outlook/Word 等)と SAP 側(S/4HANA、SuccessFactors、Concur 等)をどちらのコパイロットからでも横断。ユーザーは現在の作業文脈を保ったまま、検索・要約・起票・共有までを完結できます。 データとコンテキストの融合 SAP の業務データと Microsoft 365 のコラボレーション文脈を組み合わせ、意思決定の質とスピードを底上げ。“in the flow of work” を体現します。 段階的な提供ロードマップ 2024 年の発表以降、デモ公開・限定プレビューを経て機能を拡張。後半統合で Joule 側から Copilot 機能に到達できる構成が予定されています。 ユースケース(例) Teams 上で SAP の実行・参照 会話の流れで S/4HANA の受注に紐づく配送状況を確認し、必要な連絡・日程調整・共有までを同じ場で完了。 人事ワークフローの直結 SuccessFactors の昇進申請を作成・提出し、周辺コミュニケーション(合意形成、文書化)まで連携。 どちら側からでも操作 Copilot for Microsoft 365 から Joule を呼び出して SAP データへアクセス、Joule から Copilot 機能を用いて文書・会議体へ展開——双方向で“洞察→実行”を短絡化。参照: Joule、Microsoft Copilot との統合により、統一されたワークエクスペリエンスを実現 生産性を再定義:Joule と Microsoft 365 Copilot は今日の業務をどう変えるのか 5. まとめ ERP×AIの価値は「どのAIを使うか」ではなく「どこに埋め込み、どう連携させるか」で決まります。SAPのJouleは業務データとプロセスに根差した埋め込み型AI、Microsoft 365のCopilotは日常業務全体を支える基盤型AI。両者の双方向統合は、SAPの正本データに裏打ちされた洞察を、Teams/Outlook/Officeのコラボレーション文脈へそのまま接続し、仕事の流れの中で意思決定と実行を一体化します。 キーメッセージ 体験の統一がレバレッジ:アプリ切替を減らし、判断のスピードと質を同時に引き上げる 文脈に強いAI×汎用のAI:Jouleの業務文脈理解と、Copilotの全社的な利用基盤を掛け合わせる 統制が前提条件:権限・監査・データ境界といったガバナンスを土台に、人が最終判断する設計を徹底する 経営インパクトは測れる:時間短縮・品質向上・統制強化をKPIで可視化し、投資対効果を説明できる Joule×Copilotは使い勝手の改善に留まらず、ERP活用を経営レベルに引き上げる基盤です。ガバナンスを先に整えたうえで、価値の大きいユースケースから“流れの中”に埋め込む——この順序が、スピードと確実性を両立させる最短ルートです。 *ERPとAIの連携について詳しく知りたい方はこちら!➤ ERP×AIの組み合わせが企業にもたらすメリットや課題とは?