各社がスクラッチで作成したERPは長年多くの企業の成長を支えてきました。自社の業務に合った最適なシステムをオーダーメイドで構築・運用できるスクラッチシステムは、独自性の高い業務が数多くある企業に重宝されました。また、初期費用は高額になりがちなものの、一度導入してしまえばライセンス料などのランニングコストはそれほどかからない点なども特徴です。しかし近年ではそんなスクラッチシステムからERPを乗り換えようとする企業が増えてきています。何故、今乗り換えが検討されているのか、乗り換えることによるメリットは何かを本記事で読み解いていきます。1. スクラッチからクラウドERPに移行するメリット1-1. スクラッチシステムの課題昨今、スクラッチシステムは少しずつ限界が顕在化しつつあります。その1つに挙げられるのが、スクラッチシステムを作成した当時の技術者が高齢化し、知見が属人化しているため、更新が困難になってきていることです。私が過去に参画したプロジェクトでも、当時の技術者が退職などでいなくなり、設計書や定義書が正しく更新されていないがためにシステムの更新が行えず、社内の制度変更や法改正の対応が行えないためやむを得ず新システムへの乗り換えを検討しているといったケースが少なからずありました。また、AIなどの最新技術を活用しようとした際に、システムが老朽化しているがためにAIとの連携がうまく構築できなかったり、蓄積されているデータがクレンジングされておらず、正確な分析ができないことが理由で乗り換えを検討するといったケースも見られます。こうした理由などから、現行のスクラッチシステムに見切りをつけて、新システムへの移行を検討する企業が増えつつあります。1-2. 何故クラウドERPかERPは大きくクラウドERPとオンプレミスERPに分かれます。これまでは自社でサーバやソフトウェアを用意して利用するオンプレミスERPが一般的でしたが、近年ではコストや手間を抑えて導入できるクラウドERPが主流になってきています。こうした背景には様々な要素がありますが、本記事では①進化と②コストの2点に絞って記載します。①進化クラウドERPの多くは年に複数回の自動アップデートがあり、セキュリティや性能・機能が継続的に進化していきます。多くのユーザから要望があった機能や、時勢に合った機能などが自動的に更新されていくため、常に最新の状態で運用が可能です。一方オンプレミスERPについては、バージョンアップは数年に一度レベルであることが多く、導入時点のバージョンで運用される機能が多くなってしまいます。②コストクラウドERPのコスト要素は利用料ベース(サブスクリプション)が基本となります。そのため、コストが予測しやすいという特徴があります。オンプレミスERPは導入時にサーバやハードウェア、ソフトウェアなどに膨大なコストがかかります。また、数が少ないとはいえ更新時には同様に巨額の費用が必要となります。私個人としても、今敢えてオンプレミスを選ぶ理由は多くないといった印象を持ちます。オンプレミスERPは「安定」を重視する時代の最適解でしたが、今のような「変化」の起こる時代に適しているのはクラウドERPであると思います。2. 移行プロジェクトで押さえるべきポイント話をスクラッチとクラウドERPの比較に戻しましょう。では、スクラッチシステムからクラウドERPに刷新する場合に押さえるべきポイントはなんでしょう。2-1. 現行踏襲はNG 業務改革とシステム移行を切り離さないシステムの刷新、特にスクラッチからクラウドERPへの刷新となる場合、現行踏襲は最大の失敗パターンとなります。現場ユーザの心理として、「現行の業務を変えたくないからスクラッチERPの仕様をそのまま再現して欲しい」となるのは至極当然のことです。しかし、それはクラウドERPの価値を殺す行為となってしまいます。前述したようにクラウドERPは定期的なアップデートにより、進化し続けるERPです。ただし、アップデートにより更新され、動作が保証されるのは標準機能の範囲内のみです。現行踏襲のために標準機能に手を入れたアドオン箇所にはアップデートは適用されないため、アップデートがある度に動作検証やプログラムの修正が必要になるリスクがあります。現行踏襲の方向に倒されることなく、標準機能を活かして導入を進める“Fit to Standard”の考え方が重要になります。しかし、先に述べたように現場の担当者は「新しいERPを導入した際の全体メリット」よりも「自分の業務がどう変わるか」に注視しがちとなります。そのため、クラウドERPへの刷新プロジェクトを成功させるにはCIOレベルなど、トップダウンで Fit toStandard の意識付けを行うことが非常に重要です。例えば、アドオン対象として許容するのは、法律や条例対応で必要となる機能・帳票や、業務特性上の他社への競争優位を保つために必要と判断されるものだけ、などと始めに基準を定義して強い意志を持って切り分けを行っていくことが成功への近道です。2-2. データクレンジングシステム刷新プロジェクトから切っても切り離せないものがデータ移行です。移行とまとめられる作業の中でも特に、移行データの定義やクレンジングが最も重要だと考えています。スクラッチに限りませんが、長年利用してきたERPには不要なデータや、意味のないコード、重複したマスタなどが大量に残りがちです。移行先のクラウドERPのメリットを最大限に享受するには上記のようないわゆる「ごみデータ」を移行しないように断捨離をすることが重要です。システム刷新プロジェクトにおいては業務要件定義に力を入れがちですが、データ移行要件定義にも同様の熱量や工数をかけてデータのマッピングや移行対象データの範囲の検討、コード方針定義などを行った上でのクレンジング等を行うことがシステム刷新成功、ひいては新システムを活用するための大きなポイントとなります。3. クラウドERP × AI のステージへ前回の記事でも述べましたが、近年生成AIを中心としたテクノロジーが進歩し、企業経営にも入り込み始めています。AIを企業経営に利用する上でもスクラッチERPよりもクラウドERPの方が優れていると言うことができます。そのもっとも大きな理由は近年のクラウドERPの多くが、「AIが組み込まれる前提」で設計されていることです。例えばSAP S/4 HANA Cloud Public Editionには蓄積されたデータからAIが学習し、入金データと債権のマッチングを提案するような機能や、SAP JouleのようなAIアシスタント機能が埋め込まれています。この時にクラウドとスクラッチの大きな違いとなるのが、データソースの考え方です。AIが埋め込まれているクラウドERPはAIが分析対象とするデータの項目や特徴、言ってしまえば全容がわかっている状態です。一方でスクラッチの場合も、もちろんデータを読み込ませてAIに分析をさせることは可能ではあります。しかし、読込のためにデータのインポートが必要になる点、項目の意味や管理目的の説明が必要になる点など、手間が多くかかる上にそのシステムの特性を理解しての分析とはならないため、AIの質はクラウドに比べて格段に落ちると言えます。そしてだからこそ、前述のFit to Standardやデータクレンジングが重要になります。今後、AIを業務に盛り込みたいと考えている場合は、AIを利用して何を実現したいのか、そのためにはどのようなデータを分析対象にしたいのかを考えた上で、ニーズに合ったクラウドERPへの移行を考える必要があります。